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忘れられない日② [その他]

前日の続きです~
長かったのに 読んでくださったみなさん ありがとうございます!
続きを書いていきますので よかったらまたお付き合いください


私の家の近くは そんなに火災等はおこっていませんでした
ただただ 静まり返り 人の声が響いているだけ

「おーい!大丈夫かぁ??」
「ガスのにおいがするから 火を使わないように~!!!」

まさか 神戸の長田区で あんな大きな火災が発生しているとも思いませんでした
そんななか 余震がまた私たちを襲います

とりあえず 家が崩れていないことを確認した後 窓から家の中に入りました
まだ 家の中の状態を確認していなかったからです
タムを抱いたお母さんと家に入りました

まずはお父さんの部屋から
お父さんの部屋は仏壇と大きな和ダンス テレビ 本棚 机 ウィスキーの棚等があります
何もかもがひっくり返っていました
あの重たい仏壇も おじいちゃん おばあちゃんの写真も・・・

それから応接間へ
大きなシャンデリアが見事に落下して 割れていました
ピアノもひっくり返り ソファもあるはずのない場所まで移動していました

そしてキッチン
キッチンに入ろうとすると お母さんが大きな声で 「ちょっと待って!!」と叫びました
足元をよく見ると たくさんのガラスの破片が 床一面に敷き詰められていました
スリッパを履き キッチンをひととおり見てみました
食器棚が全部倒れ もちろんなかの食器もほとんどが床に落ち割れていました
上の棚に入れてある お鍋もボウルもハンドミキサーも 何もかも飛び出していました

ひととおり見たものの 何も出来ずにまた外へと出ました

その後 前に書いたようにご近所のかたが集まり 皆で共に生活をしていました

困ったのはやはりライフラインの復旧が遅かったことです
電気はわりとすぐに復旧しました
テレビをはじめて見た時 神戸長田区でまさかあんなにヒドイことになっているとは・・・(涙)
余震が次々と襲ってくるので その恐怖ばかりで あまりテレビのことは覚えていません
電気→水道→ガスの順で復旧したんですけど ガスの復旧はとても遅かったです

電話も通じないので お父さんと連絡もつきません
お父さんは消防士なので もしかしたら勤務明けでも帰れずに 消火活動をしているのかも
全然わかりませんし お父さんも家のことが心配だったと思います
けっきょく お父さんが帰ってきたのは 震災の2日後だったと思います

SMAPがMステで「頑張りましょう」を歌ってくれたみたいなのですが 私たちはニュースばかり
見ていて Mステを見る余裕もありませんでした
でも あとから昔の映像等でそれを見ることが出来て とても嬉しかったのを覚えています

暖房も使えないので 公民館で毛布が配布されました
でも 数が足りないので 1家族1枚と決められていました
1枚もらっていても それを隠してまたもらいに行く人
「うちはいいから子供とおばあさんに使ってください」 と配布を断わるご家庭
なんだか 人間の温かさと冷たさを感じられることが数多くありました

高校もいつごろから登校しはじめたのかも覚えていませんが 友達と会えたときは嬉しかったです
吹奏楽をしていたので とりあえず楽器を安全な場所へ移動させました
音楽教室のある棟は 危なくて立ち入り禁止になっていました

私の家のほうは お友達の家よりもガスの復旧が何週間も遅く
よく 学校帰りにお風呂に入らせてもらいに いろんなお友達のお家に行きました
銭湯はどこもいっぱいで お湯もとても汚いと聞きました

ゴハンはどうしていたのか覚えていません

悪質業者が近所をうろついていました
うちも家のまわりのブロック塀が全部倒れていて 一見良心的な業者のかたが声をかけてきました
お父さんは気が動転していて とりあえずその業者に 崩れたブロック塀の撤去を頼みました
でも 実は悪質な業者だとわかって 作業の数日前にキャンセルの電話をしたみたいなのですが
なんだかんだと理由をつけられて 断われなかったので しかたがなく
「5万円渡すから 引き取ってくれ!」といい 何の作業もなしに5万円払って断わっていました

人に貸してた家も 5軒ほど崩れてしまいました
住んでた人は「居住権があるから早く建て直せ」と言い出したり お父さんは疲れきっていました
お友達のお父様も工事のお仕事をなさっていて 夜間の勤務が続き過労でお亡くなりになりました
悪夢のような日々でした

あれから11年・・・
私は今でも 1月17日は朝の5時半すぎに目が覚めます
ここ何年か続いているのは 目が覚めて時計をふと見ると あの時間なのです
人々の運命を変えた あの5時46分・・・
いつもは目覚ましも聞こえないほどの私が 必ず自然と目が覚めるんです

そして トラウマになってしまったのか ちょっとした地震でもパニックになります
それは お母さんもタムも同じです
タムはちょっとでも揺れると 途端にブルブル震えてテーブルの下に隠れていました
1時間ぐらいでてきませんでした

こんな体験をしたにもかかわらず 防災グッズをそろえていません
いつどこで こういう出来事がおこるかわからないので もう一度見直そうと思います

最後 まとまりがなくなってしまいましたが・・・
ここまで読んでくださったみなさん ありがとうございます
私たちは 戦争と同じく この天災のことも 次の世代の人たちに伝えていかなければならないと
そう思っています
たくさんの尊い命をうばったあの地震  道徳のない世界・・・
そして その中で感じた温かい心 人々の優しさ
学校では学べない よくも悪くも 様々な体験をしました

最後に・・・
すべての天災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします


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コメント 10

ごんぞう

あらためて本当に大変だったんですね。
私の同僚は、1日目は名古屋までしか行けず、最後は大阪の友人にスクーターを借りて神戸まで戻ったと言っていました。
誰もがつらい思いをしているときに、自分勝手なことを言ったりやったり、つけこんだりする輩・・・、許せませんね。本当に許せません。
自分が同じ境遇になったとき、どうなるんだろうって考えてしまいました。でもやっぱり想像がつきません。いざというとき、自分はどうなっちゃうんだろう?せめて強い気持ちをなくさないようにしたいと思います。
ともっぴーさんの記事を読んで、自分にできることがあれば、もっと積極的に協力しなければ、と反省させられました。明日は我が身ですからね。
by ごんぞう (2006-01-21 22:33) 

あや

ともちゃんのところも大変だったんだね・・・。本当に悪夢のような出来事で、私も未だにほんのちょっとの揺れでもすごく怖いです。身体が覚えているんだなぁと思うよ。
私は大阪だから揺れだけで倒壊や火災はなかったけど、本気で死ぬかもしれないと思ったし、当時中学生でそんな経験初めてだったから状況が信じられなかった。学校に行くのも怖かったし、帰ってきてからニュースを見て愕然としたな・・・。どこも大阪と同じくらいだと思っていたのが、すぐ隣の県では戦争のような状況で、凄くショックを受けたよ。2次災害の怖さも思い知った。普通の生活が出来なくなる事のストレスがこんなに大きいものかと改めて思ったなぁ。私もそういう状況になった時ちゃんとした行動をとれるようにしとかなくちゃね。
うちもあれ以来防犯グッズや転倒防止のグッズを買って一応の対策はたてたよ~。役に立つ日が来なければいいなと願ってます。
by あや (2006-01-22 12:12) 

ともっぴー

ごんぞうさん
同僚の方も大変な思いで神戸に行かれたんですね~
震災後は悪質業者が本当にウロウロしていました
気をつけてと教えてくれたのも近所のかたでした
人間ってそういう境遇のときにどんな行動を取るかで その人の
持っている心がよくわかるので 怖いなと思いました
いつなんどき 誰がこういった状況にあうのかわかりませんよね

あやちゃん
本当 こわかったよね~
でも 最初は怖いというよりも 何がなんだかわからないって感じで・・・
学校も行けるはずもないのに 友達と「今日学校やすむ?」とか言ったり・・・
朝早くて まだ火もあまり使ってない時間だし 電車やバスが動いてない
時間だったっていうのが せめてもの救いだよね
災害のグッズ そろえるのは大事だけど 使う日がもう二度とこないように
祈っとかないとね
by ともっぴー (2006-01-22 21:17) 

cinnamon

本当に大変でしたね。
前記事の私のコメント、言葉足らずでごめんなさい。夫の両親は
大阪、それも京都に近いところで入院してたので、大きな被害に
会わなかったんです。神戸だったら義母の手術も20日になんて
できなかったと思います。
こういう混乱のときに人の本質が見えますね。どうしてそんなずるいことや、悪いことができるんだろう… 
自分に余裕がなくなったときでも他人を思いやるって、なかなかできないですけどね。そういう大きな人になれたらいいなと思っています。
なれたらいいんですけどね。
by cinnamon (2006-01-22 22:43) 

momo_barbie

人の心の温かさと冷たさって、こういう時に現れるものなんですね。
誰もがつらいのに、そういうところにつけこんだり、わがままばっかり言ったりする人がいるんですね。報道されるのは募金のことだったりで、悪質な部分はあまり表に出てこないから、こんなこともあるんだなって驚きました。
もし自分だったら、どうするんだろう?って考えました。自分さえよければいいとか、自分の周りの家族や友達さえよければって思っちゃう人が多いかもしれませんね。いつ何が起こるかわからないし、自分のことだけじゃなくて人のことも考えられる心を見失わないようにしたいと思います。
戦争や天災、生きている素晴らしさとか、次世代にも伝えていきたいって私も思います。
by momo_barbie (2006-01-23 01:48) 

ともっぴー

cinnamonさん
本当にcinnamonさんのご家族のかたがご無事で何よりです
大阪でもかなり揺れたらしいですね~
私は学生だったけど 働いている方はいろいろ大変だったそうですね
過労死されるかたがたくさんいらっしゃったのも納得です
(納得してはいけないんだろうけど・・・ごめんなさい)
悪質業者って 本当に許せないです!
そんなときにまで お金儲けのことを考えて人をだますなんてっ!
もう二度と こういうことは起こらないで欲しいですね・・・

momoさん
募金もよくいろいろ言われていますよね~
どの募金が信用できて どれが信用できないか・・・なんてわかりませんよね
震災の時に我が家に来た業者も一緒でした
優しい言葉でいろいろ話しかけてきて もう信用するしかなかったんです
人間って パニックの時って 思考回路がストップするんですね・・・
父もいつもはしっかりしているのに このときはダメでした
あと 周りの人のことを考えるって本当に大事ですよね
いざと言うときはやっぱりみんな多少なりとも 自分がかわいいんです
でも それを押さえてどこまで周囲を見れるかが大事なんだと思います
by ともっぴー (2006-01-23 22:28) 

みゆき

大変遅くなりましたが、後半を読ませていただきました
ありがとうです
by みゆき (2006-01-25 17:12) 

ともっぴー

みゆきさん
こんばんは!
また何か知りたいことがあれば いつでも聞いてくださいね~
by ともっぴー (2006-01-28 23:12) 

ゆう

震災から11年ですね。
いつものあたりまえのことだったのが、足元から崩れ去ると、人の内面とかがむき出しになりますね。
人の弱みに付け込むような、悪意の塊の人って、信じられないです。
その、もうけよう、というエネルギーを善に使えば、どれだけのパワーになったか、と思いますよね。
阪神大震災のあとも大きな地震が起きているというのに、耐震偽造とか・・・。
すべてのエネルギーが、プラスに運ぶように使えないのかって、思います。
by ゆう (2006-01-31 12:47) 

ともっぴー

ゆうさん
ホントですよね~・・・・ そういった人の助けが必要なときにどうして
そういう悪いことを考える余裕があるのか・・・
その力を いい方向に使ってもらえれば・・・ そう思います(涙)
耐震偽造も 住む人のことをまったく考えていなくて許せないですよね!
自分達の利益だけが目的で 購入した人の人生をめちゃくちゃにしてしまって
本当に許せないです!
by ともっぴー (2006-01-31 16:40) 

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